Story

Story Vol.29
Qデザイナーズの思い出とマリンクロック。その誕生について
凛とした佇まい。渡辺力の海への憧憬とともに静かに心に響く存在感を醸しています。
幾つかをコレクションするほどの強い愛着があったマリンクロック。その誕生について、Qデザイナーズ在籍時の思い出と共に、山本章氏に伺いました。
[文:山本 章]
四ツ谷駅赤坂口を出て外堀通りを渡り、新宿通り左側を少し行くと幅の狭いモダンな古いコンクリート打放しの建物1階に喫茶ロン、ここには今もローマンクロックのオリジナルがある。最初の角を曲がると鈴傳という酒屋、地下は角打ちで事務所の方達とよく通った。その少し先にあるマンションの8階に渡辺先生主宰のデザイン事務所Qデザイナーズがあった。
1987年2月、私の入社時のこと。因みに入所して最初の仕事はエッチングの事務所看板を作る事。写植で文字を打ち出してもらい、それをレイアウトして版下を作る。Qの書体は Garamond でなきゃ、とか写植貼付けのフチを修正液で塗って、あまり意味ないけど「拘ってヤッてるゾ、そっちも頼むよ」という意気込みを写植屋に見せるのよ、などと番頭格の水野さんに言われつつ作業したことを思い出す。
その時渡辺先生は76歳、駅前のスイミングプールに通っていて見た目も若く、背丈は低いが体格は良かった。とにかく水泳が好きで出張には必ず海パンを持参し、周りが心配するくらい海でも湖でも一人でドンドン沖まで泳いで行ってしまったそうだ。
事務所での渡辺先生の執務スタイル。前掛けがお好きで、他に品川青果店というのもあった。
クライアントは各地プリンスホテルのインテリア、日立コンピュータとINAXの全国ショールーム及び見本市展示ブース、その他、海外のホテルや航空会社のオフィス、歯医者のインテリア、それからミツカンのボトルデザインなども手掛けていた。かなり忙しく、仕事の依頼を断ることも。「やることなくて、先生の原稿料だけで凌いでいた時期もあったっけ」と昔を懐かしんでいた。
玄関を入ってすぐ左手は8畳ほどの会議室、イームズの低くて大きい楕円テーブルに緑のファブリックのやはりイームズシェルチェア、低いアームタイプ。正面突当りは窓で、沿って左手が渡辺先生の執務スペース、右手は奥に長く、傾斜した製図版にドラフターが付いた所員テーブルが7台並んでいた。椅子はこれもイームズシェルチェアアームタイプ。玄関の右手がバスルーム、INAX ショールームを手掛けていた関係で当時はまだ珍しかったシャワートイレが設置されていた。バスルームは倉庫として使われていて、ここに箱に入ったマリンクロックがざっと20個ほど山積みされていた。恐らく生産中止となった残品を引き取ったものらしく、来所したお客さんに差し上げたりしていた。私も頂いておけば良かったと今は思うがその時は全く興味が無かったのが残念だ。


左:Qデザイナーズ事務所の概略図
右:現在は建築設計事務所が入っているが、当時の古い表札が残っている、杉板にマジック書きが面白い。
マリンクロック誕生については、渡辺先生がコレクションをしたいほど好きなジャンルであったということくらいしか分かっていない。1979年のデザインであり、リング・クロックと共に服部時計店(セイコー)での最終期の作品、どうしても取り組みたかったテーマであったと思われ、別タイプの枠や文字盤を使った試作記録が残っており、渡辺先生拘りの銅の絞り成形枠が目を引く。また、実現はされなかったが思い入れが強かったプロトタイプを、親交が深かったイームズ夫妻に訪米の際直接進呈し、それはその後長くイームズのオフィスに飾られていたという逸話がある。


左:数少ない愛憎のマリンクロックコレクションが倉俣史朗氏の事務所にて撮影されたという小さな壁時計のスチール写真に写っている。
右:マリンクロックの試作。銅のシンプルな枠、放射方向のアラビア数字タイプも試された。


左:イームズオフィスに飾られていた試作品。
右:訪問時の渡辺先生とレイ・イームズ。
マリンクロック復刻以前にもこのプロトタイプを再度吟味し、タカタレムノスの持つアルミ鋳物技術を使ってリデザイン、2006年アルミニウムクロックとして発表している。同じ形状の枠、同じフォント、同じタイプの針を使いながら、時代に合わせて洗練されているところは興味深い。
また、セイコーウオッチとの仕事でもたびたびテーマとして扱われている。特に2011年に自身の生誕100年を記念し限定発売された、マリンクロックのイメージを巧みにデフォルメしウオッチに落とし込んだデザインは出色の出来であった。現在も渡辺先生へのオマージュとしてライトアップ社から発売されている製品もある。



左:リキアルミニウムクロック
中:2011年に各200個発売された生誕100年記念ウオッチ(セイコーウオッチ株式会社)
右:セイコーウオッチと共同企画した自動巻ウオッチ(株式会社ライトアップショッピングクラブ)

RIKI MARINE CLOCK(WR24-01,WR24-02)
凛とした佇まい。渡辺力の海への憧憬とともに静かに心に響く存在感を醸しています。幾つかをコレクションするほど強い愛着がある、船舶用に特化した独特の雰囲気を持つマリンクロックというジャンルを自分なりに解釈して、1979年、インテリアユースにデザインされたのがこの時計です。
鈍い光を放つ、段差を生かしたステンレス絞り加工の枠体、アルミを削り出した見返しや真鍮製のオリジナル飾りネジ、面取りを施したアクリル風防など細部まで作り込んだ、クラシカルなイメージに上手にモダンを取り入れた品の良い逸品です。
特別なこだわりを持つ Didoni 書体のアラビア数字に対し、枠形状や材質との相性とバランスを探って試作を繰り返し、時間をかけて辿り着いた境地。よりマリンクロックらしい秒針ありアラビア数字、落ち着きのある秒針なしローマ数字のバージョンがあります。

渡辺 力
Riki Watanabe
(1911 - 2013)東京高等工芸学校木材工芸科卒業。母校助教授、東京帝国大学(現東京大学)林学科助手等を経て、'49年日本初のデザイン事務所を設立。東京造形大学室内建築科、クラフトセンター・ジャパン、日本インダストリアルデザイナー協会、日本デザインコミッティーの創設に深く関わる。京王プラザホテル、プリンスホテルなどのインテリアデザイン、ヒモイス、トリイスツール等の家具、また壁時計に始まり日比谷第一生命ポール時計などパブリッククロック、ウォッチまで時計の仕事はライフワークとなった。ミラノ・トリエンナーレ展金賞、毎日デザイン賞、紫綬褒章など受賞多数。2006年、東京国立近代美術館にて「渡辺力・リビングデザインの革新」展を開催。