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Sustainability

Lemnos Sustainability 10

珪藻土の時計 -地域の素材や技術を活かしたものづくり

能登半島で育まれた珪藻土と能登で暮らすデザイナー、金沢の左官職人らが出会うことからはじまった掛け時計のシリーズ

「珪藻土の残材問題」と「左官技術の承継危惧」異なる2つの課題に着目

2010年開発当時、レムノスの時計製造のあり方はより地域の素材や技術を活かし環境負荷の少ない方法を取ろうと模索していた時期でした。デザイナーが住む能登半島には植物プランクトンが海底に堆積してできた珪藻土の地層が多く存在し、古くから産業としてレンガやコンロに利用されてきました。しかし、生産の過程で大量の珪藻土が残材となり廃棄されることが問題となっていました。また、同県内の金沢には城下町で伝統的な町家建築が多く残り、土壁を塗るための左官技術も長らく培われてきましたが、近年はその技術を活かす機会が減り、それに伴い職人の減少と技術の継承が危ぶまれていました。そこで、珪藻土と左官の技術を結びつけることで、時計として新たな素材の使い途の可能性を開き、さらには技術継承の機会にもなるのではないかと考えました。残材の再利用、左官技術による成形は焼成による熱エネルギーを加えずに済むこと等、環境に配慮した製造方法も魅力でした。

能登半島能登半島:植物プランクトンが海底に堆積してできた珪藻土の地層が多く存在している

珪藻土の特性を活かし、左官技法を転用することで実現した新しい表情

珪藻土はきめ細やかで優しい手触りを持ちながら、成形する型に良くなじみ、デリケートに表情を映すことができる素材です。この素材特性と、金沢で100年以上に渡り伝統的な建築物の左官を行ってきた職人の技術を活かすことで、視認性が良く現代のインテリアに合う時計の形を模索しました。表情の滑らかさと時計形状の正確性を出すためにシリコン型を用い、歪みと収縮の少ない時計本体を製作。また、左官技法に合わせた文字盤とオリジナル指標の立体的な形状を検討し、異なる陰影の落とし方をデザインすることで、視認性の高さと時計としての新しい表情を作り出しました。左官本来の壁を塗るという業務に捉われず、その技術を新たなモノづくりに活かすという職人の挑戦により、今までにない現代の空間に調和する珪藻土の時計が完成しました。珪藻土という素材と、左官の技法を広く伝えることができ、10年を超えるシリーズの展開を実現しています。

珪藻土の時計 / designed by Yuichi Nara

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(左)珪藻土の滑らかな肌理を作るシリコン型 (右)珪藻土の型詰め作業、気泡が入らないように丁寧に

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(左)コテで時計の裏になる面を平滑に仕上げる (右)完全に乾燥させる

多彩な表情をもつ3種の文字盤デザイン

初作品では、珪藻土の土本来の色を用いて、その優しい雰囲気を活かすために丸みを帯びた表面形状にして、数字を押印したような張りを感じるデザインで素材の魅力を伝えました。二作目は、左官技法の「搔き落とし」により、文字盤表面に細かい凹凸をつけ粗さを出しました。その個性的なテクスチュアに合わせた時計針は、初めて3Dプリンタで製作して立体感を表現。新しい技術との融合を試みました。三作目では、異素材の天然石を全面に埋め込んだ「洗い出し」の技法で、厚みを持たせた立体形状の文字盤を作りました。緩やかにカーブする形状は、表面に光と影のグラデーションを作り、無数を石の表情を強調します。型に抜け勾配を作らず成形することで、数字の掘り込みエッジと洗い出し仕上げとの差が生まれ、陰影による時刻の視認性を高めました。

素材自体の表現にとどまらず、左官職人の繊細かつ高度な技術が加わることで、多彩な表情を持つ確かな存在感のある時計となりました。

珪藻土の時計『掻き落とし』
土の表面が乾燥して硬くなる前に、ブラシやコテと呼ばれる道具で表面の土を掻き落とし、わざと仕上げ面に細かい凹凸をつけて様々な表情を出して仕上げる技法

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固まった珪藻土をコテのヘリで掻き落とし

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(左)掻き落とした荒い表面とスムースなエッジの数字指標
(右)時計針には初めて3Dプリンタを利用して製作し、新しい技術との融合を試みている
珪藻土の時計『洗い出し』
石や砂を基材のモルタルに混ぜた後、完全に硬化する前に水で洗い流しながらブラシやヤスリで表面の基材を落すことで、中に混ぜた石や砂を表出させて模様にする技法

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(左)背面の型も使用した複雑な型からの取り外し
(右)指標の数字はプラスチック成形では不可能な抜け勾配で彫り込みのエッジを強調している

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(左)金ブラシで洗い出しの作業、埋め込んだ細かい石が顔を出す
(右)寒水石という純白な結晶質の石を骨材に使用しており、詳細に見ると形の違う無数の石が光を乱反射させて輝いているのが分かる。珪藻土の主成分である二酸化ケイ素を表す元素記号「SiO2」

能登から世界へ、技術継承機会の創出に寄与

珪藻土の時計は2010年に企画を始め、2011年に発売を開始しました。10年以上に渡り異なる3種のデザインをリリースし、これまで累計で約20,000台を販売してきました。国内の多くのデザインショップで取り扱いがあり、今では世界へと販路が広がっています。2016年に「ゴールデン・ピン・デザインアワード(台湾)」を、そして今年「2024年度グッドデザイン賞」を受賞しました。
掛け時計という確立されてすでに永いジャンルにありながら、土着の素材と伝統ある技術を用いて製造することで、それを伝えるメディアとしても機能し、各国の人々の生活に受け入れられています。また、製造工場のある地元石川県でも珪藻土の新たな使い途や、左官技術の建築業務以外の活用が広がってきており、この時計も技術継承の機会の創出に寄与できました。

デザイナーの住む能登地域で多く産出される素材、珪藻土を広く知っていただきたいという想いを込めて、珪藻土の主成分である二酸化ケイ素を表す元素記号「SiO2」を共通のロゴとして時計文字盤に配しています。奇しくも今年発生した能登半島地震で大規模な隆起や崩落といった大地の変動が起こり、豊富な珪藻土の地層が能登の各地で露わになりました。震災により珪藻土の利用に携わってきた地域産業の存続が危ぶまれるなか、素材の魅力を伝える身近な製品として、今後も「珪藻土の時計」の訴求を続けていきたいと考えています。

左から:タカタレムノス菊地専務、デザイナーの奈良雄一氏